発表会最終リハーサルと大切なおはなし
2026.3.14
第18回音楽発表会に向けての最終リハーサル日

大切なお話をさせていただきました
インスタグラムは楽しい世界だし、あまり長々と自分のことを書く場でもないのでこちらに覚書として
発表会があと1週間後に迫っている時期に話す内容では到底なく、でも早急に真摯に向き合って伝えるべき内容であって金曜からグルグルと考え続けていた日でした
ことの発端は1月最終から2月にかけて4週連続でコンクールが詰まっていた事
喜ばしいことに、誰かがどこかで頑張ってくる毎週でした
これに元気についていくぞ!!と少し気になっていた症状を改善すべく病院に行ったのが始まり
2月の頭2週は連続で関東。日帰りもあるし、サクッとお薬をもらって〜と軽い気持ちだったのです
それがそれが、いざ診察を受けると先生が「ん?」私も「え?」
ちょっと検査しておくよ〜から始まって、毎週検査、毎週結果、追加検査、結果・・・家族呼び出し
「癌が見つかったよ」あっさり告知。「紹介状を書くからすぐに大きな病院に行って」の流れ
すぐにとは言っても大きな病院様様。予約は少し先に。
その間、体は特に症状はなく至って普通にレッスンもして生活していましたが、この辺りから少し不安定。
東京のキラキラした空間で何の前触れもなく、ふわっと涙が出ていた時に「あ・・少しマズいのかも」と感じました
壊れていったらどうしよう。と自分で自分に不安になってしまってここでようやく、親でもなく、息子たちでもなくただ一人の友達に話しました
教室を立ち上げから一緒に頑張ってくれている、家族より家族な友達
今の所の心配事はただ一つ
もうすぐ発・表・会!!!
とにかく今じゃない。ここで病気はまずい。
私が病気になって困る人がいるというのは烏滸がましいけれど・・・そうではなくて「どうするの?」が先にたち、どうしようばかり考えていました
人に話すってすごいです
「やるでしょ」の一言
めちゃくちゃ身内の口語で書きますと
「あんたおらんでもやれるやろ」「やっとくよ」
です
ありがたい・でもちょっとひどい(笑)
でもこれくらいが今はありがたい。(情緒不安定)
やってもらうと決まったらどうなってもいいように、本当に私がいない場合に備えて準備。そして片付け。。。
前を向く仕事と、終わらせる仕事を同時にやっていくこの矛盾した行動にも心が削られました
片付けは終活とまではいかないけれど、やはり生き死にが関わってくるので
確定申告終わらせなきゃ!
今預かっているレッスン料、消化したレッスン回数、未消化分、夫が返金することになったらどんな連絡とどの形で・・・まずは金銭面
次に残っているコンクールへの対策
引率は?引率してもらうための指導、交通費、日当、迷惑料含む(笑)
発表会関係への通達
支払うべきところへは先に全て支払いを済ませ、あとは封筒へわける
ホールへもう一度行って事情を説明、私がいなくても使用できるかどうかの確認から責任者が私の名前になっていること、この時点で私が最悪死亡していたらどうなるのか市への確認などなど・・・
大袈裟だけれど、いなくなる方はそれでおしまいなので残される方への負担を極力少なくできるならしておきたい。それができる時間がまだあるから。
保護者への説明はいつにする?病気のステージやら入院期間など諸々確定が3月13日。では次の14日のリハ後に集まってもらうことにしよう、連絡、お返事・・・
13日に確定聞いて14日話せるのか?とはふと思ったけれど、これもやるしかない
あとはひたすらに前を向いて、この子達を無事に安心して舞台に上げられるよう準備を完璧にして、レッスンしていくこと。
のはずが・・・無情にも私の予定など全くお構いなく先生が○日○時にきてください
と簡単にポンポンいう。
もうこれ以上変更ばかりお願いできない・・・とこの辺りで同じ曜日ばかりが振替になるため事情を先にお伝えした方が数名。
これも嫌な仕事でした
「癌」っていうパワーワード
これを出されたら流石に何も言えないのは私もわかっていて・・・
なんだか盾にしている気分になってしまった
言いたくないのと言わなきゃもっと失礼になるのとどっちが正義か。
癌だから仕方ない。とは思っていない
でももう時間がない。許してください・・・と画面を前に頭を下げながら振替や休講のお許しをいただきたいメッセージを送り続けました
誰一人として文句を言わない(言えるわけないしいう人がいるとも思ってはいないけれど・・・言わせてもあげられないよな〜と申し訳なく思っていました)心を寄せていただき14日を迎えるという流れでした
14日は話せなくなることも考慮し、書面を作りそれに伴って話す。という形を取りましたがよかった
目を通していただいた保護者の方が私より先に泣いてしまったので、あー〜ー止められないやと・・・泣いてしまいちゃんと話せたんだったかな・・・怪しい記憶です
幸いにも私の教室は卒業生たちがなんだかんだんと関わってくれる教室で。
発表会は私はほぼ壇上に上がらなくても進行していける状態
とっても素敵な子たちがいっぱいいるので安心して送り出してください
というのは自信を持って言えました
1年に1回の大舞台
イヤイヤ練習してきた子だってこの日は特別な日になるものなんです
絶対に無駄にはさせない気持ちで乗り切るので!!と気持ちだけは熱くいたのですが、タイミング的にこのお話の後1回も会えずに入院してしまうことになった生徒さんもいます・・・ごめんね
たくさん、すみません、ごめんなさい、お許しを・・・と伝えてきました
でもこれはお相手はいいです、いいですになるに決まっているので、今はたくさんの感謝とこれからもお願いしますを伝えていきたいなと思います
前代未聞の発表会にご理解くださったSonateの皆様。
本当にありがとうございました
こんなことどこのお教室でも経験できないと思います(しない方が良い)
でも、うちだから見ていただけた部分は大いにあると思っております
20年前から私と関わってくれている子たちが今現在もこうやって支えてくれています
週に1回の習い事ですよ
そろばんや公文のように週にたくさん会う先生となら心が通じ合うものがあるのもわかりますが少ない子は月に3回、多い子でも週に2回
たった年間40数回のことでここまで長く関わってくれる子たちが育っていく教室です
学年も学区も関係なくいろんな関わりを経験していただけます
ピアノが弾けるようになるだけではない部分、そして今年の発表会はピアノだけではない楽器にも触れ合う時間を提供させていただけたと思います
こんなSonateをこれからもどうぞよろしくお願いいたします♪
発表会当日のお話はまた今度
ひとまず術後3日目を迎えて痛みで眠れず長い夜?長い1日なので少しずつ今回のことを整理して備忘録としておこうと思います
ブワ〜っと軽く書いたけれどここにくるまでには本当にたくさんの人に支えられて、声をかけていただき心を寄せていただきました
私のかわりにお守りを授かってきてくださった方、いろんなパワーを送ってくれた方、大好きを詰めて持ってきてくれた方・・・もうこの裏の話は書ききれないほどにあるんです
感謝しか今はないです
生きててよかった☺︎いきていれば恩はまた贈っていけるので。